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JNO204913

【Fred Peshlakai】 BoxBow Squash Blossom Naja Necklace c.1950

【Fred Peshlakai】 BoxBow Squash Blossom Naja Necklace c.1950
ask 円(税込)
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【NAVAJO】ナバホの偉大な作家【Fred Peshlakai】フレッド・ぺシュラカイ(1896-1974)の作品と推測される『BoxBow』と呼ばれるスタイルのスカッシュブロッサムナジャネックレス。ホールマーク(作者のサイン)が入りませんが、Fred Peshlakaiによって作られた可能性が高く、特別なクオリティを持つ大変希少なアンティーク/ビンテージ作品です。

1940年代末頃~1950年代頃に制作されたピースと思われ、ナジャネックレスの中でも本作のような造形スタイルは、1910年代後半から現在に至るまで見られる伝統的なスタイルの一つです。それは、【Box Bow】(プレゼントボックスのリボン)というリボン型のシェイプを持ち、それぞれに特有のスタンプワークが刻まれてターコイズがセットされた独特なスカッシュブロッサムパーツが特徴的なスタイルとなっています。本作では、大変美しいスクエアカットのブルージェムターコイズがマウントされたBox Bowタイプのパーツが左右に14個並べられています。
またそれらは、それぞれが2連になったシルバービーズの間に挟まれるように配されており、シルバービーズはもちろんベンチメイド(ハンドメイド)で作り上げられています。現在では限られた作家しか作らないベンチメイド(ハンドメイド)のビーズは、材料の加工からの全ての工程を手作業により作り上げられ、コンチョを作るような手法で半球体を制作し、それら二つをロウ付けすることでビーズに成形しています。また本作では、チェーンが通されている穴までがボール盤(ドリル)ではなくポンチ(ハンドツール)であけられているようです。そのため、その形状や大きさは不均一ですが、独特の味わいが感じられます。

そして、非常に高いオリジナリティと特別な造形美を持つナジャトップは、左右に施されたカーブドアロー(湾曲した矢)のアップリケが特徴となっており、センターと上部にはターコイズが配されています。エッジはスタンプワークに呼応して『スキャロップドエッジ』(ホタテ貝)とも呼ばれる細かな動きのあるシェイプに造形され、とても小さなシェルコンチョが12カ所に配されています。

細部まで非常に手の込んだ細かな造り込みは素晴らしい完成度と高いオリジナリティを誇ります。Fred Peshlakaiが制作したとされるネックレスは、ブレスレット等に比べ現存数が少なく、比較可能な対象があまり発見できていませんが、大きなカーブドアローがスタンプで表現されたアップリケのディテールや、スカッシュブロッサムパーツとナジャトップの双方に配されたターコイズの質、さらにそれらの絶妙に縦横比を変えたカットとその配列等には、Fred Peshlakaiという作者が強く想起されます。

トータル20個セットされた石は、【Old Blue Gem Turquoise】オールドブルージェムターコイズで、スクエアやレクタングラーにカットされることでナバホの伝統的造形で構成されながらも、どこか構築的でエレガントな印象を漂わせています。
20個の石は経年により、それぞれ澄んだ水色~深い緑までマルチカラーになっていますが、どれも素晴らしい透明感と澄んだ深みのある石です。 ブルージェムはもともと硬度の高いターコイズですが、こちらはそんなブルージェムの中でも硬度を感じさせるハイグロスを保っており、現在も強い発色と深みのある煌めきを見せる無添加ナチュラルターコイズです。


【Fred Peshlakai】フレッド・ぺシュラカイは1896年、ニューメキシコ州との州境に近いアリゾナ州ルカチュカイで生まれ、その後ナバホラグでも有名なクリスタルで育ちました。 当時はまだ一夫多妻が珍しくなかったようで、父親であるシルバースミス【Besthlagai-ilth'ini Althts' osigi】(Ansosi Peshlakai)の4番目の妻の子供として生まれ、その兄弟は19人と言う大きな家族だったようです。 その中の7歳~8歳年下の弟が共に有名作家となった【Frank Peshlakai】フランク・ペシュラカイです。
そして、ナバホジュエリーの歴史においてその創始者の一人とされる【Slender Maker of Silver】(Peshlakai Atsidi)(1840?-1916)は、Fred Peshlakaiの父親の兄弟で、Fred Peshlakaiにとっては叔父であるとされています。 Slender Maker of Silverは、インディアンジュエリーの創始者であり、ルーツとされる【Atsidi Sani】を兄に持ち、1800年代中頃からAnsosi Peshlakaiと共にシルバースミスとしての技術を教授されたと言われています。そんな恵まれた環境にあったFred PeshlakaiとFrank Peshlakaiは、幼少期からシルバースミスとしての技術を教え込まれ、とても若くして高い技術を身に付けていたと推測されます。

1920年代には父親がシルバースミスを辞めたことから、Fred Peshlakaiもナバホリザベーションを離れ、映画俳優等いくつかの仕事をしていたようですが、1927年には結婚、ガナードでシルバースミスとしての仕事を再開し、ギャラップで自身のショップを経営しました。 1931年からはフォートウィンゲートでシルバーワークを教える講師として働く等、精力的に活動するようになります。
そして、1934年にシカゴで開催された『Chicago World's Fair』では、ナバホのシルバースミスを代表し、トラディッショナルなシルバーワークのデモンストレーションを行ったとされています。
1935年~37年にかけてはフェニックスにあったインディアンクラフトショップ【Vaugn's Indian Store】のためにジュエリーを制作しました。同時期のVaugn's Indian Storeには、ホピ族の初期に活躍した巨匠【Ralph Tawangyaouma】ラルフ・タワンギャウマ(1894-1972)や、同じくホピの【Morris Robinson】モリス・ロビンソン(1901-1984)等が在籍していました。1937年頃には、Vaugn's Indian Storeがカリフォルニア州ハリウッドに移転したことに伴い、Fred Peshlakaiもロサンゼルスに移り住んでハリウッドの店で制作するようになります。
そして、1940年にはロサンゼルスのユニオンステーションから近いOlvera Streetでインディアンクラフトショップを開店します。Olvera Streetはリトル東京からも非常に近い場所で、ロサンゼルスダウンタウンに隣接した位置にありますが、ユニオンステーションを利用する観光客向けに現在でも小さな路面店が並ぶショッピングディストリクトになっています。そこでジュエリーの制作をつづけ、多くのショーでアワードを受賞するなど、さらにそのキャリアを積み上げていきました。1972年に体調を崩し、その翌年に娘と共にナバホリザベーションに戻るまで30年以上にわたりOlvera Streetで制作を継続。 そして1974年12月22日、ギャラップの病院で亡くなりました。

彼らが非常に優秀なシルバースミスであったことは言うまでもありませんが、ナバホの古典技術を第一人者である叔父と父親から学び、それらを守るだけでなく、新しい技術とスタイル、そして次世代の伝統そのものを作り上げたパイオニアであり、アーティストとしての才能も突出した作家です。やはりベースにはナバホのクラシックなスタイルがありますが、それらの技術を使いながらも全く新しい造形や実験的な作品を多く残し、それらは後進の作家や工房に大きな影響を与え、今日ではトラディッショナルな造形と呼ばれている物が多く存在します。 【Kenneth Begay】 ケニス・ビゲイ の師でもあり、現代作家の多くが尊敬するアーティストです。
また、ターコイズの選定眼も素晴らしく、1950年代以前の作品ではほとんど見つけることが出来ない貴重なハイグレードターコイズがセットされた作品も多く残されています。


モチーフの【Naja】ナジャそのものは、もともとは馬蹄をもとにしたデザインで、インディアンアートにおいては子宮を表す造形として用いられ、大地や自然と子孫繁栄、それに女性を称賛する意味合いが込められているそうです。
また、【Squash Blossom】スクワッシュブロッサムは『豊穣』を表すかぼちゃの花(本当は石榴の花)です。 こちらはボックスボーという伝統的でスペシャリティのある造形スタイルを持ち、花弁が4枚にデザインされています。

【Arrow/Arrowhead】アロー/アローヘッドは、『お守り』の意味合いを持ちインディアンジュエリー創成期からみられる最古のモチーフの一つです。


古くからの伝統的な技術や製法を守って作られており、プリミティブで武骨な雰囲気も感じさせますが、完成度の高いシルバーワークや上質なターコイズ、そして突出した造形センスにより、とても高い品位を持ったジュエリーとして仕上げられています。
また、後世のインディアンジュエラーにも強い影響を残していることが推測され、本作のようなデザインワークは、現代のインディアンジュエリーにおいてオーセンティックなものとなっています。しかしながら、本作が作られた当時は、とても新しい側面とスペシャリティのあるデザイン/造形を持った作品でした。

インディアンジュエリーの力強さやエスニシティーな魅力と共に、完成されたシルバーワークと深淵な美しさを見せるターコイズによってエレガントな印象も併せ持つ作品であり、ドレスやフォーマルを含む多くのスタイルにおいて素晴らしい存在感を発揮します。また、強い存在感を備えていますが、トップのナジャは少し控えめなサイズ感ですので大きなサイズのものよりもさりげなく、男女問わずご着用いただける作品です。

完成された造形美を持ち、ウェアラブルアートとして芸術作品としても高く評価できるピース。Fred Peshlakaiの美意識と造形美が詰まった素晴らしい大作となっています。

◆着用サンプル画像(10枚)はこちら◆


コンディションも良好です。シルバーに多少のクスミが見られる程度でダメージなどのない状態。ターコイズも現在も非常に素晴らしい艶を保ち、とても良い状態を保っています。


こちらの価格につきましてはお問い合わせください。お手数ですが、品名・氏名・住所・電話番号・メールアドレスを必ずご記載下さいますようお願いいたします。  →お問合せはこちら
【NAVAJO】ナバホの偉大な作家【Fred Peshlakai】フレッド・ぺシュラカイ(1896-1974)の作品と推測される『BoxBow』と呼ばれるスタイルのスカッシュブロッサムナジャネックレス。ホールマーク(作者のサイン)が入りませんが、Fred Peshlakaiによって作られた可能性が高く、特別なクオリティを持つ大変希少なアンティーク/ビンテージ作品です。

1940年代末頃~1950年代頃に制作されたピースと思われ、ナジャネックレスの中でも本作のような造形スタイルは、1910年代後半から現在に至るまで見られる伝統的なスタイルの一つです。それは、【Box Bow】(プレゼントボックスのリボン)というリボン型のシェイプを持ち、それぞれに特有のスタンプワークが刻まれてターコイズがセットされた独特なスカッシュブロッサムパーツが特徴的なスタイルとなっています。本作では、大変美しいスクエアカットのブルージェムターコイズがマウントされたBox Bowタイプのパーツが左右に14個並べられています。
またそれらは、それぞれが2連になったシルバービーズの間に挟まれるように配されており、シルバービーズはもちろんベンチメイド(ハンドメイド)で作り上げられています。現在では限られた作家しか作らないベンチメイド(ハンドメイド)のビーズは、材料の加工からの全ての工程を手作業により作り上げられ、コンチョを作るような手法で半球体を制作し、それら二つをロウ付けすることでビーズに成形しています。また本作では、チェーンが通されている穴までがボール盤(ドリル)ではなくポンチ(ハンドツール)であけられているようです。そのため、その形状や大きさは不均一ですが、独特の味わいが感じられます。

そして、非常に高いオリジナリティと特別な造形美を持つナジャトップは、左右に施されたカーブドアロー(湾曲した矢)のアップリケが特徴となっており、センターと上部にはターコイズが配されています。エッジはスタンプワークに呼応して『スキャロップドエッジ』(ホタテ貝)とも呼ばれる細かな動きのあるシェイプに造形され、とても小さなシェルコンチョが12カ所に配されています。

細部まで非常に手の込んだ細かな造り込みは素晴らしい完成度と高いオリジナリティを誇ります。Fred Peshlakaiが制作したとされるネックレスは、ブレスレット等に比べ現存数が少なく、比較可能な対象があまり発見できていませんが、大きなカーブドアローがスタンプで表現されたアップリケのディテールや、スカッシュブロッサムパーツとナジャトップの双方に配されたターコイズの質、さらにそれらの絶妙に縦横比を変えたカットとその配列等には、Fred Peshlakaiという作者が強く想起されます。

トータル20個セットされた石は、【Old Blue Gem Turquoise】オールドブルージェムターコイズで、スクエアやレクタングラーにカットされることでナバホの伝統的造形で構成されながらも、どこか構築的でエレガントな印象を漂わせています。
20個の石は経年により、それぞれ澄んだ水色~深い緑までマルチカラーになっていますが、どれも素晴らしい透明感と澄んだ深みのある石です。 ブルージェムはもともと硬度の高いターコイズですが、こちらはそんなブルージェムの中でも硬度を感じさせるハイグロスを保っており、現在も強い発色と深みのある煌めきを見せる無添加ナチュラルターコイズです。


【Fred Peshlakai】フレッド・ぺシュラカイは1896年、ニューメキシコ州との州境に近いアリゾナ州ルカチュカイで生まれ、その後ナバホラグでも有名なクリスタルで育ちました。 当時はまだ一夫多妻が珍しくなかったようで、父親であるシルバースミス【Besthlagai-ilth'ini Althts' osigi】(Ansosi Peshlakai)の4番目の妻の子供として生まれ、その兄弟は19人と言う大きな家族だったようです。 その中の7歳~8歳年下の弟が共に有名作家となった【Frank Peshlakai】フランク・ペシュラカイです。
そして、ナバホジュエリーの歴史においてその創始者の一人とされる【Slender Maker of Silver】(Peshlakai Atsidi)(1840?-1916)は、Fred Peshlakaiの父親の兄弟で、Fred Peshlakaiにとっては叔父であるとされています。 Slender Maker of Silverは、インディアンジュエリーの創始者であり、ルーツとされる【Atsidi Sani】を兄に持ち、1800年代中頃からAnsosi Peshlakaiと共にシルバースミスとしての技術を教授されたと言われています。そんな恵まれた環境にあったFred PeshlakaiとFrank Peshlakaiは、幼少期からシルバースミスとしての技術を教え込まれ、とても若くして高い技術を身に付けていたと推測されます。

1920年代には父親がシルバースミスを辞めたことから、Fred Peshlakaiもナバホリザベーションを離れ、映画俳優等いくつかの仕事をしていたようですが、1927年には結婚、ガナードでシルバースミスとしての仕事を再開し、ギャラップで自身のショップを経営しました。 1931年からはフォートウィンゲートでシルバーワークを教える講師として働く等、精力的に活動するようになります。
そして、1934年にシカゴで開催された『Chicago World's Fair』では、ナバホのシルバースミスを代表し、トラディッショナルなシルバーワークのデモンストレーションを行ったとされています。
1935年~37年にかけてはフェニックスにあったインディアンクラフトショップ【Vaugn's Indian Store】のためにジュエリーを制作しました。同時期のVaugn's Indian Storeには、ホピ族の初期に活躍した巨匠【Ralph Tawangyaouma】ラルフ・タワンギャウマ(1894-1972)や、同じくホピの【Morris Robinson】モリス・ロビンソン(1901-1984)等が在籍していました。1937年頃には、Vaugn's Indian Storeがカリフォルニア州ハリウッドに移転したことに伴い、Fred Peshlakaiもロサンゼルスに移り住んでハリウッドの店で制作するようになります。
そして、1940年にはロサンゼルスのユニオンステーションから近いOlvera Streetでインディアンクラフトショップを開店します。Olvera Streetはリトル東京からも非常に近い場所で、ロサンゼルスダウンタウンに隣接した位置にありますが、ユニオンステーションを利用する観光客向けに現在でも小さな路面店が並ぶショッピングディストリクトになっています。そこでジュエリーの制作をつづけ、多くのショーでアワードを受賞するなど、さらにそのキャリアを積み上げていきました。1972年に体調を崩し、その翌年に娘と共にナバホリザベーションに戻るまで30年以上にわたりOlvera Streetで制作を継続。 そして1974年12月22日、ギャラップの病院で亡くなりました。

彼らが非常に優秀なシルバースミスであったことは言うまでもありませんが、ナバホの古典技術を第一人者である叔父と父親から学び、それらを守るだけでなく、新しい技術とスタイル、そして次世代の伝統そのものを作り上げたパイオニアであり、アーティストとしての才能も突出した作家です。やはりベースにはナバホのクラシックなスタイルがありますが、それらの技術を使いながらも全く新しい造形や実験的な作品を多く残し、それらは後進の作家や工房に大きな影響を与え、今日ではトラディッショナルな造形と呼ばれている物が多く存在します。 【Kenneth Begay】 ケニス・ビゲイ の師でもあり、現代作家の多くが尊敬するアーティストです。
また、ターコイズの選定眼も素晴らしく、1950年代以前の作品ではほとんど見つけることが出来ない貴重なハイグレードターコイズがセットされた作品も多く残されています。


モチーフの【Naja】ナジャそのものは、もともとは馬蹄をもとにしたデザインで、インディアンアートにおいては子宮を表す造形として用いられ、大地や自然と子孫繁栄、それに女性を称賛する意味合いが込められているそうです。
また、【Squash Blossom】スクワッシュブロッサムは『豊穣』を表すかぼちゃの花(本当は石榴の花)です。 こちらはボックスボーという伝統的でスペシャリティのある造形スタイルを持ち、花弁が4枚にデザインされています。

【Arrow/Arrowhead】アロー/アローヘッドは、『お守り』の意味合いを持ちインディアンジュエリー創成期からみられる最古のモチーフの一つです。


古くからの伝統的な技術や製法を守って作られており、プリミティブで武骨な雰囲気も感じさせますが、完成度の高いシルバーワークや上質なターコイズ、そして突出した造形センスにより、とても高い品位を持ったジュエリーとして仕上げられています。
また、後世のインディアンジュエラーにも強い影響を残していることが推測され、本作のようなデザインワークは、現代のインディアンジュエリーにおいてオーセンティックなものとなっています。しかしながら、本作が作られた当時は、とても新しい側面とスペシャリティのあるデザイン/造形を持った作品でした。

インディアンジュエリーの力強さやエスニシティーな魅力と共に、完成されたシルバーワークと深淵な美しさを見せるターコイズによってエレガントな印象も併せ持つ作品であり、ドレスやフォーマルを含む多くのスタイルにおいて素晴らしい存在感を発揮します。また、強い存在感を備えていますが、トップのナジャは少し控えめなサイズ感ですので大きなサイズのものよりもさりげなく、男女問わずご着用いただける作品です。

完成された造形美を持ち、ウェアラブルアートとして芸術作品としても高く評価できるピース。Fred Peshlakaiの美意識と造形美が詰まった素晴らしい大作となっています。

◆着用サンプル画像(10枚)はこちら◆


コンディションも良好です。シルバーに多少のクスミが見られる程度でダメージなどのない状態。ターコイズも現在も非常に素晴らしい艶を保ち、とても良い状態を保っています。


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Size

ナジャトップ 実寸   縦 約5.6㎝   横 約5.0㎝ 
ネックレス 全長 約57.0㎝程度

Material

Silver, Gem Quality Blue Gem Turquoise